マラソン映画

学生時代の話だが、僕の住む街では夏と冬の2回、夜通し映画会が恒例であった。ビデオやDVDが簡単に手に入る現在は消滅したかもしれない。僕らは「マラソン映画」といっていた。映画館に張り紙で通知が出ると僕たちは夜更かしを控えてこの日に備えた。

平常の上映時間が終わり、夜10時から翌朝の6時ぐらいまでに4-5本ぐらいの映画を連続放映するのだ。「東宝」などのメジャーの封切館では過去の話題作を集める。そういう場合はお目あての女子をそれとなく誘う。男と一夜を過ごすには違いないのだが、映画鑑賞という「免罪符」があるためか、たいていの女子はOKだった。

冬は寒いので毛布を持参する。衆目の中の2人だけの空間。ロマンチックな映画の後おしも手伝ってか、手なんか握っても嫌がられなかった。午前4時ぐらいになるとだんだん眠くなり一緒の毛布にくるまって眠りにつく。

気がつくといつの間にか映画は終わっている。朝方の「ススキノ」には人っ子一人いない。カラスが残飯をあさっている光景に僕たちは急に現実に戻され沈黙する。何か気まずい雰囲気に気づいた女子は「じゃあ私かえるね」と足早に帰路につく。いつもそんな感じだった。

ところが、僕の大学の近くの学割150円の旧作映画館(当時は準封切館と呼んでいた)のマラソン映画では状況が一変した。そこでは「東映」の任侠映画、高倉健の「昭和残侠伝」や藤純子の「緋牡丹博徒」いわゆるシリーズものが多く上映された。

東宝とちがうのは客層である。1階席の前列はほとんどそっち方面のお兄さんたちで超満員。ぼくら学生は後列で小さくなっている。2作目ぐらいまではおとなしく見ていた彼らも、3作目「昭和残侠伝:唐獅子牡丹」あたりになると様相が変わってくる。我慢に我慢をかさねた「花田秀次郎」こと高倉健がついに殴りこむ。すると後ろから卑怯にも切りかかる組の若者。突然、前列の兄さんが「健さん。うしろぅ。うしろがヤバイッス!」と大声で助け舟を出す。

するとそれが健さんの耳に届いたのか、「渡世人の花田」は振り向きざまにばっさりとたたっきる。場内はもう割れんばかりの拍手で埋まる。いいな。この連帯感。 僕は長いこと味わっていない。

こういう映画館ではタバコも酒も何でもOKであった。30分休憩で明るくなるとそこはタバコの吸殻とワンカップ大関とニッカポケットビンと裂きイカの袋が散乱して「わや」な状態である。そしていよいよ1時をすぎるあたりから「ススキノ」のお勤め帰りのお姉さんたちが合流して華やかになってくる。

やがて任侠映画の傑作、鶴田浩二の「傷だらけの人生」になる。真っ赤な背景のなか、若者に邪険にされて転ぶおばあさんを鶴田が抱きかかえる冒頭のシーン。たたみこむように主題歌「古いやつだとお思いでしょうがぁ」が流れると、場内の全員が心をひとつにして鶴田と一緒に「何から何まで真っ暗やみさ」と唱和する。こういう一体感があれば、争いごとなどおきないのにと思ってしまうほど「平和」な瞬間だった。

途中居眠りなどせず映画館を後にする僕たちは「東宝」とはあきらかに違っていた。興奮状態で目はぎらぎら肩をいからせている。もう僕らは完全に高倉健と鶴田浩二になりきっていた。

わや:めちゃくちゃ。収拾がつかない様を表す北海道の方言。説明不足でも「わや」の一言で道産子同士ではコミュニケーションが成立する包含性の高い便利な言葉。

rocketboy2 について

合成化学と薬化学と天然物化学を生業にし、それらを基盤にしたビジネスを展開している。
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