暴走老人 3

「朝まで生テレビ」を深夜番組欄でみつけた。まだやっているんだという懐かしさで録画し20年ぶりに視聴した。今回の討論は「男女格差」なのだが、司会の田原総一郎の相変わらずの、いや、前よりひどい不公平な進行が見るに耐えず、半分見た時点で消去した。

彼はどう見ても司会進行役ではなく醜悪な独り舞台を演じる老人であった。居丈高に、矢継ぎ早に、畳み掛けるように問いかけ、自分と反対の意見はさえぎり怒る。どうにもならない光景。参加者の面々は呆然とし、失笑しにらむのが精いっぱい。彼の芝居じみた好戦的左翼発言は昔と変わらないが、年を取って肉体の弱さが露呈した現在、迫力と説得力に欠け、批判するだけで一つも解決策を提示できない所は、まさに「老いたグレタ」にも見えた。

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首相や経済人を呼び捨てにして乱暴な意見を述べる。だが一方で、自分は経済界や政界のトップの誰それとあって言ってやったんだ。という自慢が見え隠れしていた。結局、自分をひけらかすだけで、人とコミュニケーションができない「暴走老人」にすぎない。左翼大好きのテレビ朝日には、この「暴走老人」の首に引退という鈴をつける人はいないのか。参加者から意見を引き出すまともな司会進行者ならこの3時間の番組はもっと実のあるものになる。御年86歳の田原総一郎。もう限界超えてます。

 

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グレタ効果

過激なグレタの文句が話題にはなるがムーブメントにならない理由は、「だからどうするの」という素朴な疑問に自分なりの答えがないからだ。

16歳らしく、発言の前に「どう解決すればいいかアイデアはまだないんですけど。私は問題提起だけです…」って、一言添えれば。ではみんなで考えようと大人たちも共感してくれる道もあるのだが。しかも、世界の石炭消費量の半分をしめ、CO2排出量が世界の29%の中国を批判せず、既に削減を進め、石炭消費量が世界で3%に過ぎない日本を名指しで批判するのは片手落ちではないのか。

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あまりにも幼く、リーダーとして必要な周囲を巻込む能力や訓練に欠けている。今のままでは大人たちの共感は得られまい。彼女には文化や習慣のみならず人間や組織を学ぶ時間が必要である。このままだと彼女は環境活動家ではなく、単に言い散らかす、グリーンピースのような狂信的環境批評集団で終わる。

彼女を現代のジャンヌダルクのように祭り上げている大人たちがいる。だが、ジャンヌダルクは自ら信じる解決策を実行し、最前線で戦い処刑された行動する軍人でもあった。解決策に言及せず不満や文句を言うだけでは世界は動かせない。

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名演説

いやあ、久しぶりに『3B組金八先生』のツッパリ少女「山田麗子」の三原ジュン子を思い出させる名演説でした。

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 「高齢者の不安をあおらないでいただきたい。野党のみなさんは年金を増やす具体策を持っているのでしょうか? 具体案もないまま、いたずらに国民の不安をあおる。かつて民主党のマニフェストで華々しくブチ上げた、できもしない最低保障年金。あれは一体、何だったのでしょうか。民主党政権の3年間、年金支給額は増えるどころか、引き下げられていた。はっきり言って無為無策だった。安倍政権では今年、年金支給額はプラスとなった。民主党政権の『負の遺産』の尻拭いをしてきた安倍首相に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど全くの常識外れ。『愚か者の所業』とのそしりは免れません」

 「野党のみなさん、もう一度改めて申し上げます。恥を知りなさい!」

ジュン子。かっこいい!!まったく同感。

年金問題という負の遺産は何10年間の日本の政治の蓄積で生まれたものであり、安倍政権がひきおこしたことではない。ここまで来てしまうと一朝一夕で治せる政策などはない。まして過去の失政に少なからず加担していた野党の厚顔無恥な姿勢。三原はそのことを切り取って示した名発言だと思う。

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美食術

スタインガーデンの幻の奇書、美食術 (文芸春秋刊行)の初版本をやっと手に入れた。何しろ500ページを超える分厚い本で刊行当時(1999年)は日本にいなかったので手に入らなかった。

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数年前に、一部抜粋して編集された本が「すべてを食べつくした男」という原題通りの名前で文春文庫になった。読んだのだが、どうしても原本が欲しくてやっと手に入れた次第。この分厚い本には彼がヴォーグ誌でフードライターとして取材したすべてのエピソードが記載されているだけではない。

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彼が自らキッチンに立ち、実験をする様子が詳細に記録されているのだ。それはまるで錬金術師か精緻なケミストのようだ。食材を定量し発酵時間を計算し温度を管理しそしてじっくり観察し、時間をおしまずパンを作るくだりなどは感動するよりむしろ食に対するあくなき執念に呆れるほどである。魯山人が東の美味の趣味人だとすれば、スタインガーデンは西の食の探究者である。

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プチ断食

FACEBOOKに定期的に食レポを書くので、皆さんに「良く食べますね」といわれる。しかし、僕がここ30年ほど1日1食の生活を続けてきていることをご存知の方は少ない。ワーキングランチやどうしても付き合わなければならない昼食を除いて夜まで一切食べない。間食もしない。ひたすら炭酸水とお茶とコーヒーを飲むだけである。炭酸水にする理由は夏の暑いときに、1日中蓋を空けておいてもpHが低いので、普通のミネラル水よりもバクテリア繁殖のリスクが低いからだ。

自宅に泊まりのお客さんが来ても朝食を一緒にしたことはない。家人はここ30年間、僕の朝食を作る手間から解放されている。家にいるときは夜6時ごろ食べるので翌日の6時まで24時間。毎日プチ断食をしているようなものだ。

3食食べないとかえって太るとか、夜寝る前に食べると太るとか言われているが、僕は基本的に人間の身体も「質量保存の法則」に従うと信じている、つまり、いつ食おうと。何回食おうと、食べた総カロリーによって起こりうる変化は不変という法則である。1食で3倍食わない限り、3食より太るわけはない。いろんな怪しげなダイエット方法が生まれては消えているが、運動しないでやせたいなら、摂取カロリーを減らす以外に手はないことは、この質量保存の法則からあきらかなのだ。おかげで血圧も肝臓の値も安定しているし、腹も出ていない。

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ティカムセの詩

僕は何かあるたびに「ネイビーシールズ」という米国映画を繰り返し観る。乾いた戦いの現場がよどみなく映し出されていくアフガニスタン侵攻作戦のオマージュ映画で決して映画史に残る名作ではないのだが、ラストシーンで、戦死した主役の陸軍葬で流れる詩に心を打たれる。そして気持ちがリセットされ前に向かおうという気持ちになれる。白人と戦い続けたネイティブアメリカンの戦士、ティカムセに捧げる詩だ。

死の恐怖に侵されず 人生を生きろ。人の宗教を貶(おとし)めるな。他人の考えを尊重し 自分の意見にも他人からの尊重を求めよ。人生を愛し 満たすべく務め、自分の人生に関わる全てのものを祝福せよ。長く生き 大切な人々に尽くせ

臨終の際に気高き死の歌を準備せよ。

見知らぬ人も含めて、友達に会う際や別れの際には丁寧な振る舞いや敬意の言葉を準備せよ。全ての人へ尊敬を示し、卑屈にはなるな。朝起きる時には生きるための食料や生きている喜びに感謝すること。

感謝をする理由が見つからないならば、自分自身の生き方に問題があるのだろう。

誰も、何者も蔑んではいけない、蔑むことは賢者を愚者へ変えさせるし、正しい物の見方を失う。

死ぬ時には死の恐怖に心が満たされないような人間になれ。

まだ時間が欲しいと後悔し、異なる人生を生きたいなどと嘆く者になるな。賛歌を口ずさみ 英雄が帰還するが如く逝け!

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不思議

松岡茉優という可愛いく、そこそこ知的なお嬢さんタイプの若手女優がいる。この方が『GUCCI(グッチ)』をジューシーと発音して失笑を買ったというニュースを見た。この単語からジューシーにいくトンデモ発想力には脱帽するが。その時の彼女は、反省しながら「私がもっと世界に羽ばたくなら、英語力が足りないので、グッチって読めるようになってから行かなくちゃなと思っています」といったそうだ。

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しかしである。それは違うだろう。もともとGUCCI、グッチ読みは英語じゃない。イタリア語だ。英語では「グチ―」と発音する。この女性の場合、語学力以前の話。常識が足りないということではないのか。人間の頭の程度は「見かけによらない」ということを学んだ。最近の若い方たち、四六時中携帯に見入っていて、情報は昔より格段に目と耳に入ってきているはずである。若者たちは歩きスマホで事故を起こすぐらい画面に見入っているが、いったいどのような情報を得ているのか。この一件で改めて不思議に思った次第。

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