ティカムセの詩

僕は何かあるたびに「ネイビーシールズ」という米国映画を繰り返し観る。乾いた戦いの現場がよどみなく映し出されていくアフガニスタン侵攻作戦のオマージュ映画で決して映画史に残る名作ではないのだが、ラストシーンで、戦死した主役の陸軍葬で流れる詩に心を打たれる。そして気持ちがリセットされ前に向かおうという気持ちになれる。白人と戦い続けたネイティブアメリカンの戦士、ティカムセに捧げる詩だ。

死の恐怖に侵されず 人生を生きろ。人の宗教を貶(おとし)めるな。他人の考えを尊重し 自分の意見にも他人からの尊重を求めよ。人生を愛し 満たすべく務め、自分の人生に関わる全てのものを祝福せよ。長く生き 大切な人々に尽くせ

臨終の際に気高き死の歌を準備せよ。

見知らぬ人も含めて、友達に会う際や別れの際には丁寧な振る舞いや敬意の言葉を準備せよ。全ての人へ尊敬を示し、卑屈にはなるな。朝起きる時には生きるための食料や生きている喜びに感謝すること。

感謝をする理由が見つからないならば、自分自身の生き方に問題があるのだろう。

誰も、何者も蔑んではいけない、蔑むことは賢者を愚者へ変えさせるし、正しい物の見方を失う。

死ぬ時には死の恐怖に心が満たされないような人間になれ。

まだ時間が欲しいと後悔し、異なる人生を生きたいなどと嘆く者になるな。賛歌を口ずさみ 英雄が帰還するが如く逝け!

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不思議

松岡茉優という可愛いく、そこそこ知的なお嬢さんタイプの若手女優がいる。この方が『GUCCI(グッチ)』をジューシーと発音して失笑を買ったというニュースを見た。この単語からジューシーにいくトンデモ発想力には脱帽するが。その時の彼女は、反省しながら「私がもっと世界に羽ばたくなら、英語力が足りないので、グッチって読めるようになってから行かなくちゃなと思っています」といったそうだ。

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しかしである。それは違うだろう。もともとGUCCI、グッチ読みは英語じゃない。イタリア語だ。英語では「グチ―」と発音する。この女性の場合、語学力以前の話。常識が足りないということではないのか。人間の頭の程度は「見かけによらない」ということを学んだ。最近の若い方たち、四六時中携帯に見入っていて、情報は昔より格段に目と耳に入ってきているはずである。若者たちは歩きスマホで事故を起こすぐらい画面に見入っているが、いったいどのような情報を得ているのか。この一件で改めて不思議に思った次第。

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芋煮

事の発端は「浅間ヒルクライムイベント」で出店していた山形の芋煮。「皮むき冷凍里芋」を解凍することなくそのまま熱湯にほおりこんだのだろう。スカスカ。だしがない薄味の茶色の味付け。見つけるのが困難な薄い牛肉。溶けてくたくたのネギなど。僕はあまりのまずさに一口食べて捨てた。小さなカップで500円という安くない価格にも腹が立った。

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食情報が蔓延している現在、どうやったらこれだけまずい料理が作れるのだろう。目を引くために勝手に山形とつけたのだろうが、山形に失礼だ。そこで、僕は自分で作ることにした。里芋の皮をむき一口大に切り、ぬめりを取るためにまず下茹で。つぎにちぎった「こんにゃく」と「ゴボウのささがき」も臭いを取るためにひと茹で、よく冷水で洗ってから一緒に鍋に入れ、しめじと牛肉コマ切れを加えて煮た。味付けはみりんと醤油とめんつゆにかつおだし。最後はネギをちらしてできあがり。今日は一人で芋煮会。

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やはり山形レシピの芋煮は素朴でうまい。〆はこれに中太ちぢれ生麺を固めに茹でて、味を一度と整えてつけ麺にした。

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什の掟

その昔、陸奥会津藩の藩士の子弟は十歳になると、藩校日新館に通った。六歳から九歳までの会津藩士の男子には、入学前に、会津武士の“心構え”を身につけさせるため、「什(じゅう)」という十人前後のグループを作らせていた。ある種の幼児教育の場である。毎日順番にグループの家に集まり、そこで、リーダーである什長(じゅうちょう)が「話」をする。

什長が申し聞かせる「話」のいくつかは以下のようなものだった。

  • 一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
  • 一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
  • 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
  • 一、弱い者をいじめてはなりませぬ

そして、たとえ子供たちがいかように言い訳しようと、最後に必ず、問答無用。「ならぬことはならぬものです」と、厳しく教戒したのだ。これが、「什の掟」と呼ばれるものである。会津の子供たちのこのような教育環境が、他の地方の人からは、なかなか理解できない 会津の「頑固者」 を育てたといわれている。

決め事を簡単に破り、厚顔で無理を通す恥を知らない韓国人には、この「ならぬことはならぬ」心構えは到底理解できないだろう。今こそ日本政府はこの会津藩の「什の掟」の精神をもって韓国徴用工問題に臨むべきである。

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待機組

僕がサラリーマンだったとき、どうしても昇進できない人たちがいた。毎年査定時期になると決まって最低Eランクのグループになる常連組だ。Eを取って皮肉っぽくエリートと揶揄されていた。俗に万年ヒラという一群である。かれらは仕事ができないわけではなかった。東大や北大出身の博士号を持つ秀才もいたし、職人肌の優れた技術者もいた。だがどうしても課長にはなれなかった。なぜなのか。それはひとつ上の職務、部下を有する課長職に求められる力が不足していたからだ。プレゼンテーション法、コミュニケーション法、報告書作成技術、交渉術、説得術、部下掌握術など、どれをとってもヒラのときとは異種の力が要求される。国会議員では当選を重ねるとその能力にかかわらず入閣待機組という表現が使われる、能力とは関係なしで年序列で入閣できるといいうことである。しかし合理性を希求する企業ではどれだけ長く会社にいても「課長待機組」とはならない。今、巷で桜田祭として話題の桜田義孝五輪担当相も長らく入閣待機組であったようだ。

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当選7回でもなかなかなれなかったのだからやはりそれなりに資質に問題があることは皆さんご存知だったのだろうが、今回、派閥間の調整でやっと入閣したわけである。基本的に日本の大臣の場合、優秀な官僚がしっかりバックアップしてくれるから、早い話、官僚が事前に手渡す文章の字さえよめれば誰でもなれる。はずなのだが、この桜田氏はそれもできない無能だった。1500億円を1500円と読む彼の答弁を聞いていると、やはり答弁書に書かれていた「もし」を「もしもし」と読んだ田中直紀防衛大臣を彷彿させた。人のあら捜ししかできない野党の恰好の「えじき」になっているわけだが。呆れを通り越して何か妙に切ない気持ちになるのは僕だけだろうか。

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怨と無恥

何とも困った話である。今回勝訴した4人の原告は「元徴用工」と報じられているが、4人は「徴用」ではなく「募集」や「官斡旋」で日本に来た。

このうち2人は募集広告を見て自ら応募。正規の面接試験を受けて採用された。つまり彼らは自からの意志で徴用工になった。正確に言えば徴用工ではないことは彼ら自身が一番わかっているはずだ。

さらに戦後の両国関係発展の礎の「日韓請求権・経済協力協定」(1965年)で政治的解決が約束された。徴用工問題はこれに適用されないという屁理屈はいくらでもこねられる。

現に韓国の裁判所は何とも奇妙な理屈で訴えを認めた。しかしである。今頃、損害賠償を求めるって、国として恥ずかしくないのか。

自分で決めたことに責任を持ちなさい。約束と時間は守りなさい。それを破ることは「恥ずべきこと」と僕らは教えられた。これが日本の「恥の文化」なのだが、韓国にはそれがまったくない。あるのは「怨の文化」。韓国旅行客のマナー違反や非常識行動はすでに多くの人たちが指摘しているが、今回の騒動で韓国の「無恥の文化」が明らかになった。僕はこの隣国を絶対に好きになれない。

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日本的なるもの

海外出張から帰るとまず真っ先に行うことがある。上野で新幹線に乗る前に駅構内の「いろり庵」という蕎麦屋でそばを食すことだ。僕にとってはこれは胃袋をリセットしスイッチを日本に切り替える必要なセレモニーになっている。

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実は、食以外に日本を実感する一瞬がある。成田空港の京成スカイライナーのホームで、待ち構える車内清掃員がホームに入ってくる列車に向かって必ず深々と一礼する光景である。彼はいったい何にたいして敬意をあらわしているのか、聞いてみたい衝動にかられる。

新幹線をおりて僕の住む街に着くと、下校途中の学童がたくさん歩いている。そして、信号機のある横断歩道を渡りきった学童は必ず一度振り返り、道路に向かって頭をさげる。信号が青なのにである。学校のおしえなのだろうが、教師は何に対してありがとうと言えと教えているのだろう。

列車と横断歩道。かなり奥が深い。ともあれ、欧米では絶対に見ることができない光景だ。こういう不条理だが心が温まる光景を見るたびに、「ああ日本に帰ってきたんだ」としみじみ思うのである。

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