知と智

吉田健一という文芸評論家がいた。宰相、吉田茂の息子である。無類の美食家かつ酒好きであったらしく、食や酒に関するエッセイを多数書いている。彼の著書『私の食物誌』の中に以下のような一文がある。

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「そして酒についてそうして教わるのよりも、やはり教わりながらも飲み続ける方が大事であるのは言うまでもないことで、途中で止めるならば酒について無智であるのと同じことになる」

恥ずかしながら、僕はこの本で初めて「無智」という言葉を知った。はじめは「無知」とたいしてかわらんと思ったが、吉田健一がいろいろなところにあえて「無知」ではなく「無智」という言葉を使っているので調べてみた。すると智と知には大きな違いがあることがわかった。智は単に知の下に白と思いがちだが、白ではなく曰くなのだ。曰くは理由、わけ、事情という意味がある。智とは単に物事を知るのではなくその本質や意味を理解するという意になる。つまり「無智」とは物事を知っていてもその本質を理解していない時に用いる。上っ面は知っていてもその本質を理解していないわけだ。最近、スマホが当たり前になり、情報はどこにいても一瞬の間に入手できる。無知な方は少なくなったはずだ。しかし、無知の減少とは反比例して無智の輩は増大してきているように思える。一過性のスマホ画面と書物からの情報入手法の差が影響しているように思えてならない。

rocketboy2 について

合成化学と薬化学と天然物化学を生業にし、それらを基盤にしたビジネスを展開している。
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