近くの酒屋でプリマスジンを見つけたので、ギムレットを飲むためライムジュースも買った。通常のレシピではドライジンにライムジュースを加えてシェークすることになっている。だが、チャンドラーのハードボイルド小説「長いお別れ」でフイリップマーローはプリマスジンにローズ社のコーディアルライムという甘いライムジュースを入れステアして飲んでいた。プリマスジンはイングランド南西部、イギリス海軍の軍港であるプリマスでつくられる香りが強く、ほのかに甘いジンである。
僕は若い頃、このギムレットなるものに憧れた。ローズ社のコーディアルライムなどは僕の住む北の果てでは手に入らなかった。僕は行きつけのバーでギムレットを注文し「プリマスジンでお願いします。ステアして」なんて気取っていうのだが。
カウンター奥のバーテンダーは困惑気味で「つまりはジンライムだろうが」と言いたそうな顔をして、たいていサントリーのドライジンで代用された。
それでも口に含むと一瞬マーローになった気分。「ギムレットには早すぎる」という名セリフが頭の中を駆け回った。本物のギムレットなど飲んだこともない若造にとって、正直なところ、サントリーのドライジンを明治屋のくそ甘いライムジュースで割ったギムレットもどきはちっともうまくはなかった。背伸びしていた時代だった。今となっては懐かしいが。