孤独のグルメ 18 中篇

当時の僕には、快適に「居住」するための必須条件が3つあった。「本屋」と「映画館」と「飲み屋」である。残念なことに、この街(いや表向きは「市」であった)には「本屋」と「映画館」は存在しなかった。会社の近くにある本屋にいくと、そこには漫画と3流週刊誌だけがうずたかく積まれており、奥に「冠婚葬祭マナー」や「園芸」などの趣味の実用書が置かれているだけだった。

ある小説家は、「活字に触れることがない山奥へ旅行中、居ても立ってもいられなくなり、汽車のわずかの停車時間に駅にかけ込み、思わず近くにあった電話帳の活字を目で追った」というエピソードを書いている。インターネットもレンタルビデオも携帯もない時代には、こういう「活字中毒」も確かにいたのだ。

ある時、同僚と本の話になり、「どんな本を読んでるの」と聞かれたので、「今は「宮本輝」が好きだけど」と答えたら、「あの元アナウンサーは議員やりながら小説も書いているんだ」と言われた。こんな日常がかさなり、僕のストレスは日増しに高まっていった。

入社して3年ほど経ったとき、会社が食堂や日用雑貨や喫茶などを提供する、社員用アメニテー施設を新築するという話が持ち上がった。僕はさっそく会社の組合の「委員長」あてに長文の手紙を書いた。

「この新築施設には少なくとも「文庫」と「月刊誌」を販売する書籍スペースを作るべきである。この事業所は会社が掲げる「世界に誇れる技術と商品」の主要発信地である。食堂で5000人の社員が昼食に毎日、150円のカレー、250円のAランチ、300円のBランチのどれかを食い、週刊誌と漫画だけしか手に取れない現在の環境は、まさに「文化果つる地、日本のチベット」だ。

皆、同じもの食って、貧弱な情報を共有していたら、同じ発想しかわかない。世界に誇れる技術なんか生まれるわけなどない」

(すみません。現在では差別用語になりますが、ここは原文のママで)」

今思い返してみれば、かなり乱暴で非論理的な意見である。だが、それだけには留まらず、続けざまに、具体的な文庫の種類や書籍スペースのレイアウトまで提案して出し続けたのだ。かくして1年後完成した一階の生活雑貨の横にはかなり大きなスペースで書籍コーナーが作られたのである。

昨年、所用で久しぶりにその事業所を訪ねた時にはまだあった。「会社のアメニテー施設に書籍コーナーを作らせたのはこの僕です」。誰もしらない「トリビア」である。

rocketboy2 について

合成化学と薬化学と天然物化学を生業にし、それらを基盤にしたビジネスを展開している。
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