僕の昔話 1

僕の母親は教育ママであった。国立教育大付属何とかという小学校を受験させるためにお受験の勉強をさせられた。彼女にとっては半年以上かけて我が子に傾向と対策をほどこしたわけで。まさに背水の陣で臨ませた小学校の入学試験。半世紀たった今でもはっきりと記憶に残っている。というか、面接官とのやり取りさえ覚えているのだ。恐ろしく低い平均台を端から端まで歩かせられた後、椅子に腰かけた僕に面接官は何枚かの絵を見せて質問しはじめた。りんごの木を見せて、これは何という果物?とか、富士山の絵を示して、これはなんという山?とかだ。その中で今でもまだ忘れられないのは、その小太りのおばさん面接官が黄色いラッセル車の絵を見せて、「これはいつ活躍するのかな?」と質問したときのことだ。僕は何を思ったのか「春」と答えた。おばさんは「えっ!」と少しびっくりした表情をみせ「本当に春かな?」と聞き直した。僕はすぐ「夏」と答えなおした。おばさん先生は悲しげな表情を浮かべてじっと僕を見ていた。僕が住む北国では、ラッセル車は雪がふると、前面に取り付けた巨大ブラシをブンブン回しながら、市電の始発前に線路の雪を取り去る。誰もがしっている冬の風物詩であった。何で僕はあのとき「春」と答えたのか。自分のことながら今でも謎である。隣にいた母親はこれで落ちたと思ったそうである。でも幸か不幸か僕は受かってしまった。それから、いろいろな意味で僕には荷が重過ぎる波乱の人生が始まるのである。

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