人びとの時間

ゾウの寿命は100年、ネズミは数年である。両者をくらべるとゾウはのんびりと悠久の時をすごし、ネズミは自らの短命を知り、忙しく動いているように見える。しかし本川達雄著「ゾウの時間、ネズミの時間」(中公新書)によれば、ゾウもネズミも一生の間に心臓が打つ総数や、体重あたりのエネルギー使用量はかわらないそうである。つまり生物学的に見ると、寿命100年のゾウにも、数年のネズミにも、一生の長さはほぼ同じように感じられるとか。ネズミは短命で可哀想と考えるのは早計ということにもなる。

一方、人間はみな大体同じぐらいの寿命をもっている。しかし、人生は光陰矢の如しという方もいれば、なんと無為に長い人生と嘆く方もいる。同種であるはずの人間が感じる時間の長短に個人差があるのはどうしてなのだろう。人間が他の生物と違うのは、未来に何かを残し伝えていく宿命をもっているところだという見方がある。確かに生物学的に人間ほど未熟な状態で子供を産む生物は見当たらない。だからこそ親や社会は未熟な子供に何かを伝えていかなければならない定めをもつ。言葉や文字が生まれたのも、昨今のコミュニケーションシステムの進歩の背景にも、人びとを否応なしに駆り立てる、遺伝子的な宿命がかかわっているのかもしれない。そうなると、この時間の長短を感じる個人差は、個人が伝えたり残してきたものの量や質に依存するともいえそうだ。

現時点でたちどまり、僕たちが何を残してきたのかを見渡すことは容易なことではない。手っ取り早いのは過去にさかのぼることである。ここに100年前、1903年当時の米国のいくつかの生活統計がある。

1903年、米国人の平均寿命は47歳。風呂がある世帯は14%。電話がついていた世帯は8%。平均的労働者の年間給与は200ドルから400ドル(2万5千円から5万円)。会計士の年間給与2千ドル、歯医者2千5百ドル。比べて獣医はなんと4千ドルであった。その当時、デンバーからニューヨークまでの電話料金は3分間で11ドルもした。米国の全車両数は8千台。舗装道路は全米で144マイル(230キロ)。最高速度は10マイル(時速16キロ)。95%の女性は家庭で出産した。

ほとんどの女性は1ケ月に1度しか洗髪せず。シャンプーはホウ砂と卵黄。高卒以上の学歴は6%。全米の10人に1人は文盲。米国白人家庭の18%は黒人メイドを雇っていた。ラスベガスとネバダの人口は30人。母の日も父の日もまだなかった。当時の主要な死因は肺炎、インフルエンザ、結核、下痢、心臓病。報告された年間殺人事件は230件。マリファナ、ヘロイン、モルヒネは薬局で誰でも手にいれることができた。

当時の説明書には「気持ちを高揚させ、胃腸を整える最良の健康保健薬」とある。
この数字をみれば、過去100年間で人々が何を伝え、何を残し、そして何が変わってきたのか、一目瞭然。すごい変化だ。しかし驚いてばかりもいられない。

 私達がこれからの百年で、未来に何を残し伝えていくのか」と問われたとき、複雑な気持ちに襲われる。遺伝子的な宿命がある限り、この先技術的な進歩はとめどなく続き、人びとの生活はもっと便利になり、物質的にはより豊かになることだろう。しかしそれに伴い進化しなくてもよいもの、変わってはならないものまでがどんどん変わっていくに違いない。

こうなると、僕には、何を残せるかではなく、何を忘れないかが必要になるという思いにかられる。神がヒト遺伝子に進化のストップをプログラムし忘れたのか、それとも神でさえ、人間の進化をここまでは予測できなかったのか、それとも故意に課した試練なのかわからないが、この問いにたいして未来の人間たちはどんな答えを出すのか。2104年の生活統計を待たねばなるまい。(2004/2/10)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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