怠け者のロバ

あるところに怠けもののロバがいた。
ある時、農作業中に誤って深さが2メートルもある穴に落ちてしまった。飼主は急いでその狭い穴におり、ロープをロバの体にしばり隣人達の手を借りてひきあげようとした。しかしロバはあまりにも重かった。さらにそのロバはまったく自分で出ようという気がないらしく、飼い主の心配をよそに穴の中でのんびりと昼寝を決め込んでいる。

数時間後、万策尽きた飼主はどうせ生きていても働かないのだから、この際ロバごと穴を埋めてはくれまいかと隣人達に頼んだ。皆が一斉に土をかけ始めた。びっくりしたのはロバである。てっきり助けてくれると高をくくっていたのに飼主は自分を埋めようとしている。

彼はすっくと立ち上がると、自分の身体に降り注ぐ土を身震いして落とし、4本の足で激しく土を固めはじめた。一時間たつと次第に穴が浅くなってきた。そして2時間たったとき、ついに身体は地上にまであらわれた。ロバは大急ぎで走り去った。

かつての同僚に大学教授になった男がいる。彼は入社してすぐドル箱商品開発で貢献したことで、トップ昇進で主任研究員になった。ところがそれを機に彼は全く仕事への意欲を失った。
いつも予鈴寸前に出社し、一日中休憩室でタバコをふかし新聞雑誌を読み、五時の終業ベルと同時に退社する生活になった。同僚や上司が文句をいうと「自分はあなた方が定年までにする以上の貢献をすでにした。だから遊んで暮らす権利がある」という珍妙な答えが返ってきた。

こんな態度だから重要な部署にはおいておけない。いつもリスクが多く期待が低い最先端の探索研究をやらされることになる。しかし彼にとってみると金と時間を与えられ責任もなく気楽に過ごせる居心地のよい職場だった。そんな状態が10数年もつづいた頃、政府が新規プロジェクトのために民間企業に人材派遣を依頼してきた。会社は待ってましたとばかり彼をその官民共同プロジェクトに派遣した。彼はその数年間でさらに研究を進めた。

また内外の大学研究者達とも親交を深めた。数年後官民プロジェクトが終了し会社に戻った彼を待っていたのは窓際であった。どの部署も「怠け者」の彼を欲しがらなかった。あちこちをたらいまわしにされたが、彼はくさることもなく、余りある時間を使っていままでの仕事を論文にまとめた。

理学博士を取得したのはそれから2年後のことだ。そして彼はこの論文業績をもとに神奈川にある私立大学の教授に就任した。彼が官民プロジェクトで培った人脈も大いに役立ったに違いない。定年は何と65歳である。

一方、彼を会社の寄生虫と見なし、いつも馬鹿にし、がむしゃらに駆け抜けてきた「働き者」の同僚達は57歳で役職定年を迎え主要ポストからはずされはじめた。かつてのエリート達はとまどい「何で俺が部下に命令されなきゃならないんだ」と心の中で舌うちしながら愚痴をこぼす日々である。60歳の定年はもうすぐである。再就職先も探さねばなるまい。

 このロバと同僚の話を「たとえ怠けものでもいざというときにはやれる」という教訓と取る方がいるかもしれない。しかしこの話はそう単純ではない。

 もし勤勉なロバだったらどうなっただろう。ロバは力の限りもがき、興奮し飼主をてこずらせるに違いない。深い穴であり、自力脱出は難しいのだから2時間もたてば力つき、土をかけられても踏みしめるだけの余力は残っていないかもしれない。件の同僚にしても、もし信頼されて重要な仕事を次々と任せられ、学界とは無縁の道を歩んでいただろう。となるとたまたま怠けものであったことがロバの命を救い、同僚の将来の道を作ったという皮肉な結論になりはしまいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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