ビュリダンのロバ

ビュリタンのロバという比喩がある。『同じ質、同じ量の馬草(まぐさ)のちょうど中間に置かれたロバは、どちらを食べるべきか迷い、決断ができず最後には餓死する』という話である。ビュリダンは14世紀のフランスの哲学者で、『自由意思の精神的決定論』を唱えた人。彼は理性と意志の関係において『理性』が判断のために検討を必要としている間、『意志』は待機しつづけることができると主張した。それに反対を唱える多くの人達は、彼の理論を皮肉り、いつまでも判断できず結局餓死してしまう、というかわいそうなロバの比喩をつくりあげた。

しかしいまではフランス人はアメリカ人を皮肉るのにこの比喩を次のように変えて楽しんでいる。『同じ質、同じ量のハンバーガーのちょうど中間に置かれたアメリカ人は、どちらを食すべきか迷い、決断ができず最後には両方を食べてしまう』。つまりこと食べ物に関する限り、アメリカ人の意志(食欲)は理性などをまったく問題にしないと馬鹿にしているのだ。こんなフランス人の嘲笑を耳にするにつけ、歴史的に質素を旨とする食習慣はあったにせよ、アメリカには他国の食材や食習慣を理解し必要とあらば変えていく「理性と改革」という四文字が欠けていると考えるのは私ひとりではないと思える。

友人のユダヤ人はレストランで食事後、あまりの料理のまずさに業を煮やし『Americans have no class!アメリカ人はひでえ』と言い捨てた。僕も正直なところ希望はもってはいないのだが、このno-classが食だけにとどまらないのがやっかいなのだ。

ルーブル美術館にでかけたアメリカ人団体ツアーの一行がモナリザを見て『モナリザってやけに小さいんだな』と叫んだり、ローマの遺跡コロシアムを見て、『ひどく爆撃にあったもんだな』といってヨーロッパ人から失笑を買うアメリカ人。なにかにつけて自分だけが特別だと意識し、それを機会あるごとにひけらかす。それは、歴史の浅さを隠そうとする成金の劣等感、自信のなさの裏返しとも言える。

アメリカはたいへんな競争社会で、言ったもの勝ちという一風変わった行動論理に支配されている。こんな社会では、自分を認めて欲しい、自分を自慢したいという浅い自我が、自信過剰、おせっかい、自己中心的、独善的行動という形で至るところに顕れてくるのも無理からぬことだ。アメリカイコール『正義』という論理が政治外交のみならずなんと食習慣にも反映されてきている。僕はこのあたりに「アメリカに食文化なし」を探る鍵があるように思えてならない。

一方、アメリカは少なくとも衣食住の面において、どの国よりも個人の好みが尊重されている数少ない国である。総人口のたった10%に満たない菜食主義者のために殆どのレストランにはベジタリアンメニューが完備しているのもその一例だ。つまり、望めば他国の食文化をも自在にとりいれ、アメリカの味と融合し、自分の舌にあわせた新しい食文化に高める素地はどこの国よりも整っているはずなのだ。しかし実際のところ、彼らの味付けや盛り合わせを見る限り、文化の香りからはほど遠い。

情報が自由に入手でき、さまざまな食材が容易に手にいれることができるようになった今でも、アメリカ人は極端な甘辛文化に縛られ、手に入れた食材を口にあう、食べやすいという安易な基準だけで作り変えてしまう。米国の料理番組を見ていると一目瞭然。シェフの食材のきり方、いため方、焼き方ひとつとってみても、アメリカ人の粗雑さが嫌というほど伝わってきて腹がたち思わずチャンネルを変えてしまう。

日本の中華料理やフランス料理も本場の味付けとは違う。中国やヨーロッパの友人から概して日本は薄味という感想を聞く。しかし、彼らは決してまずいとは思っていない。むしろ独特の日本風フランス料理、和風中華料理でうまいと高い評価をしてくれる。日本人の繊細さが他国の食文化を理解し融合しているのだ。こう考えてくると、『食習慣』を振り返る意識や改革へのダイナミズムが欠けているなどという分析以前に、アメリカ人には「うまいものを食いたい」という基本的な欲求がないのではと思えてくる。(2011/5/24)

ビュリダンのロバ への1件のフィードバック

  1. 大介 より:

    勉強になりました。ありがとうございます。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中