ハーバードの失敗

統計によると米国における大学発ベンチャービジネスのライセンス収入は年間1200億円に達するとか。その経済効果は日本のベンチャー事業の約250倍である。もはやアメリカの経済にベンチャー企業はなくてはならない位置をしめてきている。それだけに米国での大学間の競争は熾烈をきわめる。中でもスタンフォード大と、ハーバード大のランキング争いには目が離せない。こんな東西の雄に、実は歴史的な因縁があるのをごぞんじだろうか。

今から100年以上も前のことだ。色裾せたたギンガムスーツとホームスパンのジャケットをきた老夫婦がボストンの駅に降りたった。彼らはそのまままっすぐハーバード大学の学長室を訪れた。ハーバード大学は米国ではじめての大学で1660年に創られた。清教徒が建てた私学ということもあり、開学当初から特権階級の教育機関としてエリート意識に満ちていた。
この老夫婦は秘書に控えめに学長との面会を申しでた。
秘書はアポイントなしの面会はできない決まりだし、学長は大変忙しいので、いつあえるかわからないとそれとなく断った。しかし彼らは帰る素振りをみせない。秘書はやむをえず学長の部屋にいき、アポなしの無礼な面会者のことを伝えた。
「5分でも会っていただけたら、彼らは喜んで帰ると思いますので」

と、面会をお願いした。学長がしぶしぶ納得してかれらを部屋にとおした時はすでに3時間がたっていた。
学長は深い椅子に座りなおすと、威厳をもった口調で「何の御用でしょうか」と尋ねた。

老夫婦の妻がゆっくり口をひらいた。

「実は私達の一人息子はハーバード大学で学んでいました。でも1年前に思いがけない事故で亡くなりました。息子はハーバードを愛していました。そしてここで学べることは自分の誇りだといつも話してくれました。本当に学校生活を楽しんでいたようです。そこで私達は息子が愛したこの大学に、記念になるものを建てたいと思い立ち、こうしてやってきたのです。」

この言葉に学長はびっくりして早口で答えた。
「それはお気の毒でした。お気持ちは良くわかります。しかしハーバードで学び亡くなった人たちをいちいち記念して碑をたてていたら、このキャンパスは墓地になってしまいます。残念ですがそれはお受けできかねます」

その老妻はいくぶんはにかみながら続けた。
「いいえ違うんです。私達は息子の碑をたてたいといっているのではないのです。私達はここに息子を記念したビルディングを寄付したいと思っているのです。」
学長は彼らの粗末な服装を一瞥して、冷たく言い放った。「たいへん失礼ですが、ひとつの学部に必要な校舎をたてるのに7億円(現在の100億円)もの金がかかること、あなたがたはご存知でそのようなことをおっしゃっておられるのでしょうか?」

老夫婦はびっくりした様子で黙ってしまった。学長は内心やっとこの世間知らずの田舎物を追いはらえると安堵していた。しばらくの沈黙の後、妻は夫を見て言った。
「ねえあなた。もしその程度のお金で大学をはじめることができるなら、私達で息子を記念した大学を建てるほうが素敵ではないかしら。」

それまで黙って話をきいていた夫も大きくうなずいた。

学長は一瞬混乱したが、すぐに自分が大きな間違いをおかしたことに気がついた。老夫婦は学長の丁寧な引き止めの言葉に苦笑しつつ学長室を辞し、そのままカリフオルニア行きの汽車に乗ったのである。
彼らが同州サンタクララ郡パロアルトに、88平方キロメートルの土地を購入し、21億円(現在の300億円)をかけ、愛する息子を記念した、リーランドスタンフオードJr記念大学を開学したのは、それから1年後の1891年のことだ。

これは鉄道王といわれたスタンフオード夫妻とスタンフォード大学の建学にまつわる逸話である。

ハーバード大の過度のエリート意識と、スタンフォード大の実学を尊ぶ自由な学風はいまでもかわっていない。学際領域での東西の雄のライバル関係も100年以上にわたって続いている。しかし、実学のゴールともいうべき大学発ベンチャービジネスに関する限り、ハーバードはスタンフォードに一度も勝ったことはない。(2003/2/25)

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