ケチャップの意義

トマトは南アメリカのアンデス山脈が原産である。16世紀にヨーロッパに伝わった。『トマトが赤くなると医者は青くなる』といわれるぐらい、身体に抵抗力をつける抗酸化剤が豊富に含まれている。爾来、さまざまな料理法がヨーロッパで考案され、いまや食生活には欠かすことのできない食材となっている。最近、リコピンなるトマト成分が研究され、欧米ではサプリになっている。

トマトの発見から300年程経た1876年、フイラデルフイアでアメリカの独立100年記念の産業博覧会がひらかれた時のことだ。なんといってもこの催しの超目玉は世界最大のコーリスの蒸気エンジン、そして、グラハムベルが発明した電話、白熱灯だった。その他にも当時のアメリカが誇るハイテクがずらりと会場に勢ぞろいした。しかし、当時の報道によると、このような展示はあまり人の目を集めることはなかったという記述が残されている。

この博覧会で最も人気を博し、連日黒山の人だかりになったのは、なんとあるピクルス会社が発明した29%砂糖いりのトマトペーストのコーナーだったそうだ。これが有名なハインツ社のトマトケチャップの始まり。それまでピッツバーグの小さなピクルス会社だったハインツ社はこの展示の成功をきっかけにして、世界最大のケチャップ会社へと大躍進をとげていくことになる。蒸気エンジンや電話の発明よりもケチャップのほうに目がいく国民性。いかにもアメリカ人らしいし、その後のアメリカ人の惨憺たる味覚の歴史を象徴する出来事だったといえる。

それから130年、トマトの発見からついに500年がたった。結局アメリカ人は21世紀の今まで、あの甘ったるいトマト加工品、トマトケチャップ以外、トマト料理をただのひとつも創れなかった国として不名誉な記録を更新しつづけている。そしてアメリカのほとんどのレストランの各テーブルには塩こしょうと並んで、ハインツケチャップと鮮やかな黄色に着色されたマスタードのデカボトルが圧倒的な存在感をはなっているのだ。

僕の住むボストン地域は米国東海岸、ニューイングランドといわれるように、イギリスの伝統がいろ濃く残っている地域である。西海岸とは全く別の国といわれるぐらい、そこに住む人々の人間性、ものの見方は違う。しかしこと食に関しては、幸か不幸か両者ともイギリス人の味覚をしっかり受け継いでいるところが不思議だ。僕は以前アメリカの友人にこんな質問をしたことがある。『アメリカ料理はレストランでもなぜひとつの皿にすべてが盛られていて、全部が大味なの?』。彼はまじめ顔でこんな答えを返してきた。『アメリカ初期の植民地に来た人々は、東海岸の過酷な環境による農産物の大凶作を通して開拓の苦しさを経験してきた。それに加えて、宗教的に厳格な精神の支配もあって非常につつましい暮らしを強いられてきたんだ。つまり食は質素にせよという清教徒的な伝統があるのです。

なるほど。しかし、これだけのエネルギーがあり、なんでも一番を自慢し、すべてアメリカ風に身勝手に変えてきた国民がなぜ食スタイルだけ200年間変えられなかったのかをこの伝統だけで説明するにはやや無理があるのでは。

僕はアメリカ料理に苦言を呈しているが、正直なところ、ハインツケチャップをたっぷりつけたアツアツ、ホクホクのフライドポテトを、きりっと冷えた「シェラネバダ」や「サミュエルアダムス」などのエールでやっつけるのを無上の楽しみにしているのも確かだ。理由はわからないし、我ながら情けないが、このフライドポテトとケチャップの絶妙なコンビネーションを発明したアメリカ人には脱帽なのである。(2011/11/26)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中